月夜見
 “世界が君の名を呼ぶ朝までは”
  


あんまり愛想のいい方ではないって自覚は昔からあった。
けど、ここの町内は、
今時には珍しいほど仲良しこよしな土地柄だったんで、
大人たちは皆して、子供らの顔と名前を全部把握していたし。
そんなせいだろう、無愛想な俺なんかでも、
いろんな人から、いろんな奴から、名前を呼ばれて来たけれど。
もしかせずとも一番たくさん呼んでくれたのも、
それから…こっちからその名を一番呼んだのも、
間違いなく この子だろと思う。

 「ゾロっっ!」

散会直後の穏やかな喧噪の中、
自分チの家族と向かい合い、頭の上へまでかざした両手をぶんぶんと振り回して、
何ごとかを全身で懸命に語っていたものが。
向かい合ってた年嵩の兄貴がそんな坊やの肩越しにこっちを指差したその途端、
ムッと眉を寄せてしまった父上の気も知らず、
そりゃあ素早い身ごなしで振り返って来、
こっちを見つけて“にゃは〜っ”と笑み崩れた、小さな皇子。
大きく見張るとこぼれ落ちそうなほど、
くりくりしていて潤みの強い鳶色の眸と。
菱屋の梅ヶ枝餅みたいにふわふかな小鼻や頬っぺをしてて、
何でも一口で喰っちまえる乱暴さだのに、
咲笑うと真珠色の歯並びが覗く、緋色の口元をした小さな従兄弟。
よほどのこと気に入られたものか、
俺の姿を見つけると、何やってても放って駆け寄ってくる。
今も、父上が何か言って引き留めるのを振り切って、
ぱたぱた、ぱたぱた、
腕や脚を振り回すようにして、満面の笑みで駆け寄って来て、

 「見てたか? 俺、いっとーしょーとったぞ?」
 「ああ、見てた。」

町内会の運動会。
小柄なルフィは すばしっこくて足が速いから、
初めて参加した3歳のときの“10mおいでおいでレース”を皮切りに、
徒競走のすべてで必ず一等賞を取り続けてる。
今日も今日とて、徒競走から親子借り物競走、
途中で子犬が乱入しての鬼ごっこと化した仮装行列まで、
出た種目の全部を一等賞で終えた豪傑で。
先日の幼稚園でのかけっこでも“一等賞取った”と威張っていたし、

 『ゾロも見に来りゃよかったのによ。』
 『無茶言うな。』

そりゃあ日曜だったけど、
こっちはその日、本家の道場の段位検定の実技試験があったから。
行けねぇってさんざん言っといたのによ。
そんでも一応、それが済んでから行ってみたけれど、
案の定、着いた頃には閉会のご挨拶まで運んでた。
年長・年少、足しても6組しかない幼稚園なんだもんな。
どんなに種目を並べても、あっと言う間に終わるって。

 「ゾロは、何に出たんだ?」

りれーに出てたんは見てたぞ? おーえんしたの聞こえたか?
ああ、聞こえたと微笑ってやれば、
にしし…vvと目元をくしゃくしゃにして笑みを増す。
まとまりの悪い、けど、つやのある髪が、
少し秋めいて来た風に撫でられて はらはら躍り、
夕方への斜光になり始めた陽を浴びて、蜂蜜色に染まってる。

 「ルフィ。」

俺らは反省会の寄り合いがあっからと、
何かあったら集会所に来いと言い残し。
未練たっぷりな親父さんを引きずるようにして声をかけて来たエースに、
ある意味、無情にも“うん”と大きく頷いてから。

 「帰ろ。」
 「ああ。」

後片付けの人たちがテントや何やの撤収で忙しい、
中学校のグラウンドを後にし。
俺らも家へ向かってのんびりと歩きだす。
さほどムキになったつもりはなかったけれど、
それでも…にぎやかな空気の中に日中の間のほぼ一日中いたせいだろか。
何だか頬が火照っているし、
そいや、ルフィが出てた種目では結構手に汗握って見守ってたから、
その反動が出たものか。
何とはなく気だるいような、そんな心持ちでいれば。

 「なあなあ、ゾロ。」

丁度、仮装行列へ紛れ込んだ仔犬みたいに、
じゃれつくようにちょこまかと、
せわしくもゾロの前後を行きつ戻りつして見せながら、
何を思いついたか、後ろ向きになって声をかけて来たもんだから、
危ねぇぞ。ちゃんと歩けと声をかければ、
どういう根拠があってのことか、だいじょーぶだっと自信満々に言い返してから、

 「あんなあんな、笑わないか?」

つつつっと寄って来て、不意に小声でそんなことを言ってくる。
笑うも笑わないも、聞いてからじゃねぇと何とも言えないと、
こっちがそうと言い出すより前に、

 「笑わないって言え。」
 「…………おお。」

ルフィ必殺の“上目遣い”が出ちゃあな。
何でも聞くしかねぇってのが、親戚内でのお約束。
判ったから言ってみと、
実を言うと中身を早く聞きたかったってのもあったから、
素直に従ってやったらば、

 「………あんな?」

いやに勿体ぶってから、

  ―― 俺な? 大きくなったら“世界一”んなる。

この坊主には年に何回もないほどの、至って真剣な真顔ってのになって。
ぽそり、周囲を行き交うご町内の皆様にも聞かれぬようにと、
間近にまで寄って来てのそれから。
いかにも極秘事項と言わんばかり、ぼしぼしと口にしたルフィであり。
けど、世界一って………

 「…何のだ。」
 「それはまだ決めてねぇ。」

けど、なるって決めた。うーんと強くなる。
きりりと強ばってるみたいな真剣本気のお顔が、何とも可愛らしくって。

 「〜〜〜。」
 「あっ。笑ったなっ!////////

笑わねぇって言ったのにっ!
さすがに恥ずかしい宣言だという自覚があったか、
いやいや、真剣な決意を笑われたと思ったか、
真っ赤になって“むむうっ”と膨れたルフィだったけれど、

 「違げぇよ。」
 「何がだっ!」
 「だから。」

ルフィを笑ったんじゃない。頼もしいルフィだってのがうれしいんだよ。

 「嬉しい?」
 「おお。」

打って変わってキョトンとしてしまうチビさんのおでこを、
ぽふぽふ、撫で叩いてやって、

 「そんなでっかいこと言う奴、俺も好きだからな。」

ルフィがそんな凄げぇこと言うのが嬉しくて笑ったんだ。
嘘偽りなく、思ったまんまを言ってやれば、

 「〜〜〜そ、そっか。///////

なら許すぞと、薄いお胸をむんと張り、
やたら偉そうな小さな皇子。
会話の中身は聞こえなかったろうに、そんでも微笑ましいと思ってか、
通りすがりのご近所の皆さんが、可愛いねぇと笑顔を向ける。
にゃは〜〜っと笑うと誰もが釣られて相好を崩す愛らしい子供。
こんなひょろっとしたおチビさんが、
何を目指してか“世界一強くなる”なんて言ってたなんて、
誰が本気にしようかというところだったけれど。

 “頑固もんだからなぁ。”

誰に似たやら、飄々としている父上や兄上とは正反対。
明るく素直で聞き分けがいいのが取り柄のはずが、
こだわってるものへだけはとことん頑迷で、
飯より大事なおやつより大好きな、
やはり従兄弟のサンジが作るオムライス禁止令が出されても、
絶対に我を折らない、不器用極まりない頑固者だから。
一旦 口にしたこと、それも、ゾロへと告げたことならば、
きっとの絶対、果たすに違いなく。

  ―― でも、それだと。

ゾロとしては1つだけ。
ルフィのことだから、
何を始めても、その筋での世界一、
きっとやり遂げるだろうと見越した上での1つだけ、
今から ちょっぴり案じてることがある。

  ――― 今はまだ小さな君が、その野望を果たしたならば、
       世界中の人たちが、お前のその名を呼ぶだろう。

強いて言うならそれが今から口惜しいと。
特別懐いてくれてる自分へさえ、独り占めを許してくれない皇子へと、
切ないジレンマ、今から抱えていたりして。

 「…ゾロ?」
 「何でもねぇよ。」

ちょっぴりテンションが下がったのへ、どした?と案じてくれるから、
心配すんなと笑ってやって、丸ぁるいおでこをすりすり撫でて。
世界が君の名を呼ぶ朝が来るまでは せめて。
その笑顔、せめて独り占めさせておくれと、
じいと見つめてしまうゾロだったりするのである。


  ―― 明日の明日の そのまた明日。
      小さな坊やが“大きな名前
(ビッグネーム)”になる日まで…





 〜Fine〜  07.9.29.


 *たいそうなタイトルですが、大した中身じゃなくてすいません。
  子ゾロルものが書きたくなるのは,例年だと春先なんですが、
  アニメでやっと新しい船出まで話が進んだもんですから、
  それぞれの関係者たちが手配書眺めて感慨深げなのを見ていて、
  ついつい書きたくなりまして。
  ちなみに、他の子ゾロルものとは微妙に設定とか違います。
  (その時その時の思いつきで書いてますので…。)

めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv

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